実戦解説
プロ棋士が王手将棋で対戦した珍しい実戦例があるので、解説します。
対局者は、先手が飯塚祐紀六段、後手が中田功六段です(段位は対局当時のもの)。

初手からの指し手
▲7六歩△4二金▲6八金△8四歩▲4八銀△8五歩▲7七角△6二銀▲3六歩(第1図)

  (第1図は▲3六歩まで)

初手が▲7六歩の場合、飛先の歩を伸ばした後手が主導権を握る展開になりがちです。角交換に備えて互いに陣形を整えたあと、先手が▲3六歩と突いて第1図。この▲3六歩が、なかなか面白い手で、超急戦になれば右桂の活用があります。他にも、3筋で歩をぶつけて角交換を迫る狙いや、
    後手が端角に来れば▲3五歩と受ける狙いなど、かなりの含みがあります。ただし、▲3六歩は飛車のこびんを開ける手なので、この瞬間が非常に危険です。

    第1図からの指し手
    △8四飛(第2図)

 

  (第2図は△8四飛まで)

    ▲3六歩に対しては、△3四歩の開戦が有力ですが、かなり激しい戦いとなります。
    そのような冒険をせずとも、飛車の働きの差で十分と考えたのでしょう。
    後手は△8四飛と浮き、飛車の活用を図りました。
    王手将棋で浮飛車はよく見られます。5筋への転換や、縦歩取りが狙いです。
    一方、先手も、攻め駒の活用を急ぎたいところです。

    第2図からの指し手
    ▲3五歩△7四飛▲3八飛(第3図)

 

  (第3図は▲3八飛まで)

後手は△7四飛からの縦歩取りを指向してきました。次に△7六飛が実現すれば、7九の銀を間接的に睨むことになり、先手の角を牽制できます。対して先手は3筋の歩を突き越して▲3八飛。3筋からの開戦が狙いです。
    第3図で先手番なら▲3四歩以下角交換して▲8三角の狙いがあります。後手の飛車が7四にあっても、先手の角が自由な限り▲3四歩の筋は消えません。後手は攻め合うか、それとも受けるのか。無難に受けるならば△7二金ですが。

    第3図からの指し手
    △7六飛(第4図)

 

  (第4図は△7六飛まで)

    後手はその後の展開に自信があるのか、強気に縦歩取りに出ました。後手の飛車が7六にいれば、先手はうかつに角を動かせないというのが主張点です。
    今度は先手が「攻めるか、受けるか」を決める番となりました。攻め合うならば▲3四歩。受けるならば、いったん▲8八銀が無難なところです。
    
    第4図からの指し手
    ▲3四歩(第5図)

 

 

  (第5図は▲3四歩まで)

    先手が選んだのは、攻め合いでした。
    ▲3四歩は、前述の角交換以外に、飛車を捌く狙いもあります。例えば、第5図で後手が素直に△3四同歩ならば、▲3四同飛で先手の勝ちです(変化1図)。
    
    
    
    
    
 



(変化1図は▲3四同飛まで)

    変化1図では、次に▲3一飛があります。後手は△3二歩と受けるぐらいですが、
以下▲7八歩と備えを入れて、優劣がはっきりします(変化2図)。
    
    
    
    
    
    
    
    
 

(変化2図は▲7八歩まで)

    変化2図では、次に先手から▲2二角〜▲3二飛があります。
    他にも▲8四飛と回る手や、角交換から▲8三角の狙いがあり、後手には、それらの狙いを一度に防ぐ受けがありません。後手は、▲3四歩を素直に取ることができないわけです。

    
    
    
    
    
    
 


  (第5図は▲3四歩まで)

    第5図に戻ります。
    ここで△3四同歩がないことはわかりました。では後手はどうするか。3四の地点で歩がぶつかった以上、将来角交換となることは確実です。角交換になれば▲8三角が見えているので、後手はその課題にどう対応するかが焦点となります。
    
    第5図からの指し手
    △8六歩(第6図)




 

  (第6図は△8六歩まで)

    後手が示した対策は△8六歩でした。
    以下の手順を見るとわかるように、飛車を8筋に転換することで先手の8筋からの攻めを防ごうという狙いです。
    
    

    第6図からの指し手
    ▲8六同歩△3四歩▲同飛△3二歩(第7図)





 

  (第7図は△8六歩まで)

    後手は8筋の歩の突き捨てを入れてから、3筋に手を戻します。△3二歩と受けた第7図で、次に後手から△7七角成以下の殺到が残りました。
    第7図で先手▲8四飛とするのは攻め合い負けです。また先手からの角交換は、直後に△7九飛があるので成立しません。先手が動くためには、▲7八歩を入れる必要があります。このように、△3二歩は一見後手を引いているようでいて、実はそうではないのです。
    第7図からの指し手
    ▲7八歩(第8図)



 

  (第8図は▲7八歩まで)

    先手の▲7八歩は、7七の地点を補強するとともに、次に角を使うための準備で、当然の1手です。
    第8図で先手番ならば、▲2二角や▲8四飛があります。しかし後手は先刻承知でした。まさに、この時のための8筋の突き捨てだったわけです。
    
    第8図からの指し手
    △7七角成▲同桂△8六飛(第9図)




 

  (第9図は△8六飛まで)

    △7七角成に先手は▲同桂と取りましたが、ここで▲同歩と取るのは△8七角の空き巣狙いの角があります。是非もない▲7七同桂に△8六飛が攻防の1手。▲8三角と▲8四飛を防ぎつつ、8筋への飛車の成り込みを見せています。
    これで完全に、後手の攻め・先手の受けという状況になりました。
    

    第9図からの指し手
    ▲8八歩(第10図)





  (第10図は▲8八歩まで)

    後手の△8六飛に対して、先手は歩で飛成を防ぎます。後手の攻めが一息つけば、先手は桂を活用して反撃する望みがあります。後手の攻めが途切れるかどうかが焦点になってきました。
    
    
    

    第10図からの指し手
    △1五角(第11図)

 



  (第11図は△1五角まで)

    後手の△1五角が早速の詰めろ。
    これに対して▲2六角と受けるのは、△同角▲同歩のあと、△2七角の「空き巣狙い」で後手の勝ちです。
    また△1五角に▲3七桂と受けるのは、△同角と切られてしまいます。
    先手陣には桂打ちの傷が7六その他に多数あるので、桂は渡せません。よって先手は▲3七角と受ける1手です。
    
    第11図からの指し手
    ▲3七角△同角成▲同桂△1五角▲6五角(第12図)


 

  (第12図は▲6五角まで)

    ▲3七角の受けに角交換して再び△1五角が2手すきです。
    ずっと前、後手 の△8六歩に先手が▲同歩と応じてから、先手陣には2手すき以上の手が続き、楽をさせてもらえません。再度の△1五角に▲6五角と応じて第12図。
    ▲6五角は、△7六桂を防ぎつつ、4七の地点を補強したものです。しかし、寄せはすでに筋にはいっていました。
    
    第12図からの指し手
    △3七角成▲同銀(第13図)



 

  (第13図は▲3七同銀まで)

後手の角切りに対しては▲3七同飛が形なのですが、そう指すと△3六桂が詰めろ銀取りとなって先手の負け。▲3七同銀は、形は乱れても最善であり、見応えのある攻防が続きます。
    後手が角を切り、桂を手に入れて第13図。ここで△3六桂の詰めろならば▲6九玉でしのいでいます。また△7六桂ならば▲同角から▲4八銀と手を戻して逆転するのですが。
    
    第13図からの指し手
    △6六桂(第14図)
 



  (第14図は△6六桂まで)

△6六桂が詰めろ。普通、桂のただ捨ては危険が多いのですが、先手陣に△4八角の傷がある形なので、このような派手な手が成立します。先手としては、同歩と応じるしかありません。
    なお、△6六桂では、△5六桂という手もありました。
    
    
    
    第14図からの指し手
    ▲6六同歩△同飛▲6七桂△6五飛(第15図)



 

  (第15図は△6五飛まで)

△6六同飛が△6八飛成を見た詰めろ。それを受ける▲6七桂に、角を取った△6五飛がまた詰めろ(第15図)。
    こうなると完全に1手1手です。
    
    
    
    
    第15図からの指し手
    ▲4八銀△6七飛成(第16図)まで、後手の勝ち。



 

  (第16図は△6七飛成まで)

第16図では、先手が龍を取る1手に対して、△6八角までとなります。2度の△1五角と、歩頭の桂の寄せが参考になる1局でした。
    
    さて、こうして後手の快勝となった本局ですが、勝敗の分かれ目はどのあたりにあったのでしょうか。
    以下ポイント部分を解説します。
    
    
 



 

 (第6図は△8六歩まで)

 第6図は後手が△8六歩と、突き捨てを入れようとした局面です。この手は3手すき。先手がこの手に挨拶してから、ずっと「2手すき貧乏」が続き、いい所なく敗れたことを考えると、ここが手をかえる最後のチャンスだったかも、という着想が出てきます。
    先手が目をつぶって▲3三歩成と行くとどうでしょうか。以下△同角の1手に対して▲7八歩と受けておきます(変化3図)。
    
    
    


 

(変化3図は▲7八歩まで)

私は検討の際、変化3図で先手の勝ちだと思いました。次に3筋からの殺到があり、これを後手が受けても角交換から▲8三角の空き巣狙いの筋(△7二角には▲6五角成)があるからです。ところが変化3図では、後手から△3七歩とする手があり、先手の攻めは簡単に止まっているのです(変化4図)。
    
    
    
    


 

(変化4図は△3七歩まで)

変化4図では、▲3七同飛ならば△3六歩の連打があります。▲3七同桂でも△3六歩です。後手の1歩得が、この変化で最大限に活かされています。
    
    となると、先手に攻め合い勝ちの筋はありません。局面を更に戻してみましょう。
    
    
    
    
    
    

   (第4図は△7六飛まで)

第4図は、後手が△7六飛と歩を取った局面です。ここで7筋が弱いまま攻め合いに出ても、先手はうまく行きませんでした。となれば、先手はいったん▲8八銀と備えるのが無難なところです(変化5図)。
    






 

(変化5図は▲8八銀まで)

変化5図で後手から角道を開けるのは、さすがに無謀です。後手が自陣を強化するなら△8六歩▲同歩△7二金が一例です(変化6図)。
    
    
    
    
    
    
    
 



 

(変化6図は△7二金まで)

後手8筋の突き捨ては、先手の8四への飛車回りに△8三歩を用意したもの。
    変化6図は、後手番としてはうまく指している方でしょうが、いつでも▲3四歩を狙える先手に主導権がある局面です。
    後手の他の手として、変化5図からすぐに△7四飛と引く手もあります。先手に歩を渡さない指し方で一理ありますが、先手は▲3六飛と浮いて、十分に戦えます(変化7図)。
    
    
    



(変化7図は▲3六飛まで)

変化7図は、後手陣に、角交換後の▲8三角の傷があります。また、後手の飛車が7筋からそれると▲3四歩の筋が生じるため、後手に苦労の多い局面です。
    このようなわけで、先手は第4図で攻め急がず、▲8八銀としていればかなり有望でした。本局では、先手の▲3四歩の瞬間を捉えた△8六歩が、後手の勝因と言えます。
    
    
    
    
    
 

実戦解説:終わり

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